2007/11/02

受容の、穏やかな末路

予期された末路の日 わたしは蛹になっていた
土の中はどこまでも生温く
風も雨も陽ざしも涼やかな木陰もなく
遠い耳鳴りだけがいつまでもこだまして 
パリパリと乾いた甘露の膜の内側では 
足の小指の先から順に壊死がはじまっていた


かたくなな傭兵がいて
或る半月の晩 
馴染んだ鎧を脱いだとしよう その夜を越えるためだけに
わたしは湖のほとりにいて
わたしに弱められることだけを望む男を待っていた
来るべき者がそこに来て 
迎えるべきわたしという者がそこにいて
そうして夜を渡る小舟を漕いでやった
(・・・ダレニモ言ワヌ、コノ舟ハ恥ノ舟)


甘噛みし
舌を差しいれ
掻き混ぜてやり
膿を吸い出しては
新たな生き血を注ぎ
ひからびた唇を幾度となく丁寧に愛した


小舟と水面の触れ
「ちゃぷ。ちゃぷ。」と繰り返す、かすかなトレモロ
時折の梟の鳴く声、夜鷹のおおげさな羽音、淡水魚の跳ねる水音、
夜だけがみせる息づかいに見守られて
わたしの乳房と腰に両の手のひらの痣をくっきりと残しつつ
傭兵は声帯を閉じたまま、ただそのからだを震わせた


眼を光らせて、夜鷹が、ふたたび羽ばたく


消息は途絶えた
静寂の湖畔、そして森だけがあり、
生爪を剥がしながら土を掘りすすめたわたしは
横たわるための窪みをしつらえて躰を置き
やがてしずかに蛹になっていた
たった一人の男を弱めて一夜を渡る小舟を漕いでやり
夜明けの岸辺であろう湖の向こうへと連れ出した
生の役目を終えた壮大なわたしだけの充実
爪先から順に命を腐らせながら
飴細工のような蛹の硬膜に守られたわたしがここにいる
「予期された末路の日」を受容して
こうしてただ、ここにいる

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