2007/11/01

きみから学ぶべきことは何もない

 積み木の城を、破壊するためだけに作ったのだ。手を下す権利は私だけにあった。砂の城を、潮にさらわれるためだけに作ったのだ。たった独りで看取る歓びをあなたに分けてやるつもりはない。あぁ人を排除するのはなんと簡単で神経が麻痺するのはもはや快感で排除されるに至ってはなんという快楽なのだろう。嫌われて嫌われて嫌われて疎まれて。それでも十指で弾けない楽譜をわざわざ差し出してやるのだ。鍵盤を叩き壊してもいい、弾いてみなさいと柔らかく微笑んで、肘や頭や膝や足を使うことまで考えが及ばないおまえが小利口で実につまらない人間だということを思い知らせてやるのだ。春夏秋冬春夏秋冬春夏秋冬ぐるぐるぐるぐる回りながらあなたが繰り返し繰り返し人生に同じ嘘をついてきたことは誰にも知られることはないだろう。ただし!ベッドの下の1オクターブ分の空間から、押し入れのフスマ上半分の斜行した隙間から、閉じたはずのカーテンの合間から、この私が常にあなたを嗤っていると思っていただきたいのです。いつまでも水平線を眺めていられる種類の、暮れてゆく空を仰いで感慨に耽る種類の、生温い凡庸をあたかも絹織物のように仕立てては偽りの自分にひとりごちている種類の、あなたはそういう男なのだとただ純粋に伝えたいのです。お伝えしたいのです。
 雨とか海とか空とか愛とか雪とか波とか雲とか恋とかそういう漠然とした対象を当て馬にして切ない男の胸の内を遠吠えしてこれからもモテてください。雹とか桜とか風とか夢とか霰とか桃とか嵐とか幻とかすべてになぞらえてどれだけでも黄昏れてください。偽物で理想で借物で盗品で醜悪で丁寧であなたはだからなにをやっても真実ではないのだっとコリャコリャ。そぉ~ら偽物が胸張って行進してらぁ!理想が皮被って笛吹いてらぁ!借物が絹羽織って太鼓叩いてらぁ!盗品が色塗られて指揮棒降ってらぁ!醜悪が偽善背負って講演してらぁ!張り子の虎が御丁寧に教祖崇めてチンドン行列してらぁ!


 嗚呼どうか教えて下さい誰をも慈悲深く包み込んで下さるはずのあなたが立場のある御方様であるあなたが人々を導いてくださる御方様であるあなたが、人生始まって以来唯一心から愛してくれたのはキミだけだと告白したそのキミであるこの私を、なぜ捨てた。
 私は携帯の無味無臭の四角い画面を凝視していました。信じられませんでした。あのひとが私に別れを告げるだなんて。一瞬で目の中に飛び込んできたその文字列を私は何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も見直したのです。なにかの間違いじゃないかしら。誰か知らない人がアドレスを間違えて見ず知らずの私にメールを送信してしまったのじゃないかしら。でも何度見てもそこにはこう書いてあるだけでした。もう終わりにしよう。その方がいい。今までずっとありがとう。

 
『もう終わりにしよう。その方がいい。今までずっとありがとう』

 
 だそうです奥さん。ハイ!ということで本日は別れたい女の逆ギレに対する牽制を含んだ一見優しげな美しいサヨナラメールの紹介ですカカカカカ。頭のテッペンでおだんごにした金髪に突き刺した鼈甲のカンザシを引き抜いて頭皮をツクツクと刺激しているうちに故意に誤ってブスリとしたくなってきて私どうにもたまらなくなりました。ツワモノどもがツワモノどもがツワモノどもが夢のあとにぃの独り佇みぃの勝手に悦に入りぃの遠いまなざしで哀愁しぃのイイ気になっていやがってキイイイッ。こうなったら徹底的に叩きのめす。取り戻してから捨ててやる。怒りの感情によってだけムクムクと闘志を燃やす輝ける稀少民族なのです私は。忘れましたかあの日々を。こういう時の私をさんざん楽しんでたおまえ!おまえだよ!なに後ろ見てんだおまえだよおまえおまえおまえ!テメエだよ!まさかあの神々しいまでの敵意が自分に向けられる日が来るとは思わなかったでございましょ。イカンねぇ~こりゃいかんよキミぃ~こういうのが私のような人間に通用するとでも思っているのかねぇ~いやむしろ逆効果だってことわからないかねぇ~、あ佐藤クンもう一杯お茶ね、さっきのは沸騰したお湯使ったね、今度はちゃんとしてくれよ、せっかくの玉露が台無しなんだよウンウン、いいんだいいんだこういうことは一度言われたらそれで覚えられるだろ、何事もカラダで覚えなくちゃならんよウンウン。あぁそれにしてもあの佐藤朱美って子はいいケツしてると思わないかねキミいやそう思うだろキミ。それでなんの話だったかな。そうそう、あーーーだから無自覚というのは罪なもんさってことか。困った。さあ困ったぞ。キミはワシを本気で怒らせてしまったからねえ・・・・・・・・・・・・で。決めた。おまえの神経殺したるわ。誠にお気の毒さまでございますが今覚悟を決めました。興奮のあまりバスバスバス肺胞から泡が噴くヌワアンと瞳孔が開く音だってするズサササと髪が逆立つ音もする。ということで『男から別れを告げられた悔しさをドス黒い憎悪に変えた上で男にすがる女を演じてみるテストそんであらためてた~っっっぷり惚れ込ませたところで無惨に捨ててみましょう計画』を実行することにしたのです。ええしたのですハイ今日はここまで。日直!

 
 この際、はっきり言うことに致します。もちろんこれはあなたのためではなく私の心のすこやかな安定を保つためなのです。このようにして私は私なりに心のほこりを払って清々しい心になることすなわち『たんのう』をしようと努力しているのです。キミノタメとかオタガイノタメなどとあなたのように卑怯な言葉は使いません。ただ、あなたが嫌いだという、それだけを丁寧にお伝えします。そんなことはわかっていたなどとあなたは杖を持つ手に力を込めるでしょうけど。杖など持っていない?嘘をおっしゃい。あなたは人に頼ることが出来ない弱い人間なのだから幾分かの心の重みを預けるためにいつだって人一倍頑丈そうなやつを持っていたじゃないの相変わらず自分の不甲斐なさを認めない男だわねえ。
 あなたは精一杯の自惚れと理想を着て生きている御方。その優しい声色を使って誰にでも苦しみを打ち明けさせ、他人様を救ってやることで自分の澱を攪拌しているだけの卑怯者です。混ぜても混ぜても薄まってはいなくてよ。何一つ自分で決められない臆病をかかえた貧弱な躰を必死に隠しておいて懐いてくれる人達だけに温情をばらまいて生きている。そんなあなたが人を祈り人に施しをしているだなんて呆れてものも言えません。私のような人間があなたのような人種を嫌うことは当然だと今になってみればそう思えるでしょう。自分を捨て去ったような顔をして実のところ人から捨てられることに怯えるだけの人乞食。御褒美という名の施しを受けたがっているあなたのような人間が常日頃は誰かに施しを与えているだなんて。そうだ一度くらい托鉢でもしてみればよいのじゃないかしら。
 人はよく自分は過去何々をしていましたとか実は何々なのですとかいう類の告白を鼻を膨らませてするけれど、そういう時は人の評価が欲しくて欲しくてたまらない乞食の顔をしているのだと思うのよ。ありのままの裸の自分に足りない何かをかざしておいて、見えないところで「くれ!くれ!」と両手でこさえた空っぽの器にこっそりこんもり憧れられて優越したがっている情乞食。
 あなたは私が恐ろしいのだ。暴き出されてしまうだろう自分の本性が怖いのだ。あなたという人間を覆っている良心の薄皮を、日焼けの背中の皮をできるだけ広範囲で剥くように嬉々として爪の先でピリピリと私に剥がされるのがこわくてこわくてたまらないのだ。「ホラこんなに大きくむけたわ!」と無邪気に見せつけてやりたかった。そしてその薄茶の皮膚の残骸を灰皿に集めて燐寸の香りでもってジリジリと焼いてやりたかった。あなたはその箱庭の火葬場の匂いを嗅ぐべきだったのだ!私たちは笑い声をあげながらそれをすべきだったのだ!そうして熱く抱擁をかわして許し合うべきだったのだ!
 なのに臆病なあなたは目を背けたのです。そうされる前にすごすごと後退って物陰に隠れたのです。可哀想な人。私に嫌いだとさえ言えない小心者。それでも君を傷つけたくなかったなどと斜め下を見つめて呟くだけの偽善者。
 あなたは私を避けるべきだったのです。保護色の中で生きている、たかが臆病な一匹の虫であるあなたが、擬態を見破った私を怖れるのも無理はないのですから。あなたが思うよりずっと以前から私はあなたのことが嫌いになっていたのです。いいえ嫌いだというのは適切ではない。すっかり軽蔑していたわ。アラそれもわかっていたなどと仰いますか。それならこう言わねばなりません。その、もっと、ずっと前からであると。私はあなたからの最後の(結局それは最後にはならなかったけれど)メールを読んだ瞬間、その先細りした一見善人の苦渋を漂わせているかのような言葉を見た瞬間、飲んでたコーヒー噴きましたブーーーッ!!!

 跳ねあがるんだピョン♪えんやこら台所の薄い引き出しをあけて二種類の砥石を取りだしカンザシの先端を丁寧に研ぎ始めましょう。イシシシイシシシ流しの下の骨をみろ。おまえが喜んで喰らっていたあの鍋の美味い肉は誰のものであったのか。存分に思い知って胃袋ひっくり返るまで、あ、胃袋でちゃった、まで吐き続けるといいのだわ。
 煉瓦色の砥石で粗研ぎをして灰色の砥石で研ぎ澄まし「ツプリ」と頭のつむじに刺してみると「ゥヲッ」そして溜息が洩れました。かなしいわ、ほんとのほんとうに、わたし。
 次に腕まくりをしてなまっちろいウナギの腹みたいな腕を見下ろして静脈と動脈どちらに刺してみようかと梅毒にかかった牢屋の女郎の空っぽな笑顔をペタリと貼りつけた自虐にクケケケと身を捩りました。うまく捨てたい女の手のひら返しの狂気に狼狽えるおまえの引きつった顔が目に浮かんでカナーリ愉快だおおおおおおおおおおおっ!ほんとのほんとは、かなしいわ、あなた。 
 
 
 さて私は10歳か11歳ごろに亡くした、あの肌色の陰嚢を引きずった愛らしいオスのハムスターとの別れの夜を思い出して涙ぐむよう努力してみるのです。
 あいつはやけに可愛らしかった時々食べてしまおうかと思うほどに。あぁでも名前なんていったっけ。とにかくいつでも服のポケットに入れて出かけたのです自転車に乗って近所を徘徊する時だって。少女漫画の主人公になりきって髪をなびかせるためにコマーシャルでみた苺の香りのするシャンプーだってなけなしのお小遣いで買っていたのです。だっていつ好きな男の子に出会うかわからないじゃない女の子って常に気を抜けないのよ。千載一遇のチャンスをモノにするために身を粉にしてでも自分を最高の状態に保っておくなんて今のあたしじゃ到底出来ないわ。まあそれでハムスターをポケットに入れて片手運転しながら時々思い出したように触ってみるってわけなのね。すると生温かくてふよふよとした小動物の感触とともにハムスターをポケットに入れて風を斬って疾走する苺の香りの髪をもつ慈悲深くもオチャメさんな少女自分!ってものが脳内で映像化されてそれはそれはもぉうっとりするのです。いいえもう好きな男の子になんか偶然会わなくたっていい、もういいのそんなもの。私の姿を見て誰か知らない男の子が通り過ぎてゆく夢のように可憐な少女に恋する瞬間があるかもしれないじゃないですか!しかもその男の子の大人びた陰のある切れ長の目元といったらもう!とかなんとか好き放題に美化してみることのなんというエクスタシー!
 とにかくそのいつでも私と一緒だったハムスターがコロリと死んだ。一応、脳腫瘍で死んだことにしています。いつだったか近所の公衆電話からクラスの人気者の女に無言電話をかけていた時に、面白半分でハムスターをあの右下の釣り銭が出てくる透明なプラスティックの蓋が内側に向けてだけ開く受け皿みたいなところに入れてしまったのはいいけど、出てこれなくなって尻尾をムリヤリ引っぱって出したことが原因じゃないかってことは秘密なのよ、キイイイイイイイッてすごい勢いで啼きわめいていたのだけど。そして実はその翌日に死んだのだけど。あぁどうしてもハムスターの名前は思い出せないわ。よし、それならたった今名前をつけてあげましょう、それがいいわ、あなたの名前。
 その愛おしい、か弱き者が亡くなって、私はその晩かなしみのあまり夕食も喉を通らなかったのです。断固として喉を通すべきではないと思ったので実践したのです。芝居は芝居がかっているうちに芝居ではなくなるということを少女は知っておりました。そんな私を家族の誰も本心から心配などしてくれなかったけれど。それで私は私なりに自分本来の姿に目覚め心も身体も使って自分を『てびき』してやることしか出来なかったのです。私は独りでお通夜をしてあげました。柔らかな肌色の、いつもズリズリ引きずっていた陰嚢に、はじめてゆっくり触れることができました。少し嬉しかった。嬉しがっている自分を私は戒めました、死者への冒涜であると。子供だってそんなことくらい感じます。いいえ子供だからこそ感じるのです。袋の中に、たしかにコリッとした感触の玉があることを知って、私はその神秘を心にそっと大切にしまいました。そしてその最後の夜に添い寝をしたのです。尻から出た汚物も洗浄綿で綺麗にぬぐってあげて、外国船に乗ってた親戚のおじさんからもらった美しいクッキーの缶にガーゼのハンカチを2枚敷いて亡骸を横たえてあげました。その親戚のおじさんは大嫌いでした。なぜかっていつも妙にいやらしい目で私を見ていたから。あいつきっとペドフィリアなんじゃないかしら今だに独身だし気持ち悪い。おじさんのことが嫌いだって母に言ったのよ、すると人を嫌いだなんて言ってはいけないとひどく怒られたわ。おじさんは母の弟なのだけど、母だっておじさんのことを決して好きではないことくらい私は肌で感じていましたから、母のことを嘘つきだって思いました。娘である私よりも自分の弟の立場を守るような人間であるとして失格の烙印を押し、同時に何を信じて生きればいいのかという不安に苦しみました。まったく以て『いんねん』というものは。
 クッキーの缶からはまだバターやバニラエッセンスの甘い匂いが漂っていたから気分が良かったわ。後悔したのよ生きているうちからこういうベッドに寝かせてあげればよかったって。それはもう、私の寝床じゃないことが悔しくて嫉妬するほど素晴らしい貴族のベッドになったわ。私、とても誇らしかった。誇らしくて悲しくて、悲しくて完璧で、私はその状況に感動して泣けました。それで両親に見せにいったのです。私の純粋無垢とともに「ステキでしょ」って。
 ふと何度か目覚めるたびに亡骸を触ってみました。だんだんと固くなっていくのがわかったわ。それであたし亡骸に話しかけるのをやめたの。冷たく固くなってゆく小さな白いカラダの約30cm上あたりにむけて話しかけるようにしたのよ。だって人間なら幽体離脱すると寝ている自分を見下ろす距離って天井のちょっと下くらいだって言うじゃない、だからハムスターならそれくらい上かなって。そして一緒に暮らした日々の想い出を語りながら泣きました。しずしずと泣いたの。なるべく綺麗に。絵にならなきゃだめなのよ何事も。
 その時のことを思い出して泣いてやることにしたのよあなたのために。あなた知っているでしょう、私が実はどんなに純真であるかを。だから私のことを好きになったのだと言ってくれたわね。ありがとう可愛い人。それなのによくもよくも。悲しいわ。ほんとうに悲しくなってきたわどうしよう。どうしよう、ではないわね。かなしみに身を任せてどこかへ運んでいってもらいましょう。


『それでも私には愛してくれる人が必要でした。私はあなたを追いつめたのでしょうか。もういいわ。いっそあなたの心の中で一思いに殺して下さい。さようなら。さようならは悲しいわほんとうに。出逢ったことさえないのに別れなければならないなんて。私は余程あなたを辛い目にあわせたのでしょう。私はひどい人間なのね。こんなに愛しているのに。逢えないことが何より苦しかったのです。自分を責めないでください。ついに逢えなかった私にあなたはもう二度と逢えない。それだけのこと。さようならは、なんという簡単な手続きなのでしょう。』


 これでなにもかも終わりになるのかしら。そんなのイヤッ。イヤやあらへんがなホレさっさと送ったれ送信や送信。あぁできない震えちゃう。もしもこの賭けに負けたら私はどうなるのでしょう。屈辱と憎悪が倍増するあまりに本当に殺しに行ってしまうのではないでしょうか。怖いわ。コワイわこの女。誰か止めて。誰が止めるのだ。誰が止めるっつんだよ止めるかボケ。リアル殺傷いやいやいやいやまぁ餅つけ深呼吸深呼吸。いいから信じなさいっての私を。とにかく送信や送信エエイじれったいやっちゃ。押せ。押さんかこのアマが。もぉまったく私を誰だと思ってんだ自分アそれポチっとな。
 そして案の定、あなたは私の偽りの哀しみにほだされて手のひらを返したのです。いったん覚悟を決めたはずの別離をあっさりと屑籠に投げ捨てた。私がその時どう思ったかなんて想像もつかないでしょうね『悲しい思いをさせてごめんね』腹イテー。私はそれを見て心底あなたを嘲笑った。なんてきたない男なんだってね。嗚呼でもあなたはこうして私を救って下さったのです。あなたを愛するあまり苦しみに身を窶した私が八つの『ほこり』を身につけてしまったことを赦して下さったのですね。そら見たことか私もついに泥まみれのこの精神に真理というものを宿し、ほしいまま金と銀の喝采を掻き集めてはくす玉に詰め込んでエイやっ!と紐を引き我が身にパラパラパラパラふりかけて、輝かしい未来の灯火を荒野の彼方に見出したのだ。あなたは私を取り戻し、私はあなたを取り戻した。スローモーションで砂浜を駆け抜けよう。つかもはや私の独壇場だぜゴォォォォォォォォォォォォーーーーーーールッ!!!


 え。ウンそれからしばらくはたっぷり餌あげてたよ。で3ヶ月後に捨てた。じゃそゆことで。

 
 私はこうして薄情にもあなたの尻尾をブツリと切ってしまったけれど、大丈夫またすぐにでも同じ尻尾が生えてくることでしょう。お幸せなことでよろしかった。あなたはあなたで私の尻尾といわず存在そのものを斬り捨てたのだと安堵なさい。これからはあなたと無関係に生きてゆく私をどうぞ好きなだけ憐れんで唾を吐き、私を知る以前の平穏無事なあなたのままで光りの中を生きてゆくがいいのです。どうかどうかお元気で。ああいつまでも御陽気で。いつの日にか私が天下のバチアタリとしてすべての人間から捨てられてしまったら、あなたがいつか仰ったあの大きな門の下に行けば宜しいのですね。もし拾って下さる御方がいればの話ですが、その時はその方を親だと思って生まれ変わりましょうぞ。そうしてあのハムスターにつけたあなたの名を泣きながら叫びましょう。
 こうして私は学ぶものが何もなかったあなたから、あなたに捨てられあなたを捨てたあとに自分についての全てを学びました。あなたという架空の存在によって与えられた架空の時間から、自力で地道に的確に。あなたはあなたで私から学んだことでしょう、私から学ぶことなど何ひとつなかったことを。そして人の心が悪意に変わる過程という、あなたのような人間にとって最も不必要なものを。アそーだ、ねえ、そういえばあなたのお宅は一年三百六十五日年がら年中いつでも鍵をかけていないのでしたね。ナンピトたりとも拒むことなく受け入れるという素晴らしい教えに習って従って。すごーいマジ尊敬しちゃう。一度でいいから逢ってみたいわ。そんな男に。